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2009.11.22

『マルコの夢』栗田有起、集英社文庫

 この10年いや20年と、書籍の未来については散々議論されてきた。ジャストシステムの『JUST MOAI』やトランスアート『本とコンピュータ』など、傍観者として議論自体を楽しんできたが、あれからいくとせ。いざ電子書籍という流れはいまだ鈍い。供給側にいわせればジリ貧なまま、需要側からはあんまり変化を見せずに、こんにちの本の世界は縮小均衡で生き残っている。
 アナログの本は、視覚だけでなく、触覚に訴えるところがいい。ここから手触りを抜いたのが電子ブックなら、浸透しないのも当たり前。五感に訴えるものは強い、生き残るのだ。
 それに加え本書では、味覚と嗅覚の動員が要請される。つまり、いいにおいでおいしそうなキノコの話が出てくる。キノコを縦に裂く、シューッという音もあわせると五感制覇だが、問題なのは組み合わせ。いい匂いと引きも切らぬ幻聴。うまそうな味と惑溺、幻惑の光の乱反射。茸採りが菌糸として絡めとられるまでの、なにやら変則的なビルディングス・ストーリー。
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Posted at 06:39 | 集英社文庫 | COM(1) | TB(1) |
2009.10.01

『出世ミミズ』アーサー・ビナード、集英社文庫

0037.jpg 眼鏡屋に行ったら「前回手前どもでお作りしたのはいつごろでしたか」と店員に聞かれた。「ざっと十年前」と無愛想に答えたら、端末を叩き直して「七年前でございますね。時間も経っていることですし、視力測定を致しましょう」と相成った。赤い◎と緑の◎はどちらが明瞭に見えるかといった、くだくだしい一連の検査の結果、「さほど視力に変化はございません」という結論で、従前と同じ型の眼鏡を買った。新しい眼鏡で読む。
 日本語で書く著者。その日本語への感覚が新鮮だといわれるが、英語だろうが日本語だろうが、根底にあるものは変わらない。反戦派根性を見え隠れさせつつ、歩いてまちを行く。遠くに行きたくなったら、自転車を漕げばいい。摺れていない、柔らかい目で、もう一度見直せるものがあるはずだから。

Posted at 21:09 | 集英社文庫 | COM(0) | TB(0) |
2006.03.27

『カスバの男』大竹伸朗、集英社文庫

 モロッコ旅日記である。親本ではどうだったか分からないけど、状況説明や雑感、作品キャプションなど、いくつかの種類の文字種と級数が絡み合った文字記録と、銅版画や色鉛筆などによるデッサンで、11日間の旅程がつづられる。この旅を通じて、彼の手元には200枚のスケッチと1000枚の写真が残った。
 この旅で出会う景色を表現する方法としては「『ひねり』はあまり通用しない気がする」だとか、「美意識の入る余地のない作業の結果は、ときに意図する以上の美の世界を作りだす」といった話はどうでもいい。了解するし、賛成する。とにかくこの人には「正しさ」というガーターがレーンの左右にある。そこに行かないような文章で示された部分は、きわめてまとまりが悪い文章になっている。とりとめがない。このとりとめなさに、モロッコの旅を感じる次第です。
Posted at 02:54 | 集英社文庫 | COM(0) | TB(0) |
2006.03.05

『豚の戦記』ビオイ=カサレス、集英社文庫

 アルゼンチンに暮らす老人たちが、若者との全面戦争に巻き込まれる、その一週間の記録。というと聞こえはいいが、活劇的要素は多くない。老人狩りの続発でびくついている年寄り連中の繰り言、ぼやき、体調不良の告白など、語られる事情は、狭い領域においてバリエーション豊か。
 主人公ビダルは、初老の男。傍若無人で邪悪な若者の襲撃を何度も逃れきる。そんなとき、人生訓が自然と口をついて出る。ひとつは「人間はみな内面では顔をそむけたくなるほど弱いものでありながら、生きるか死ぬかの苦境に立たされると勇敢だ」。マジックリアリズムと現実の境目が、この辺にありそうだ。彼が述べるふたつめの教訓。「宿命に依怙贔屓はなくてもムラがある」。
Posted at 00:40 | 集英社文庫 | COM(0) | TB(0) |
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