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2006.01.07

『夜の香り』古井由吉、福武文庫

 弟だか妹だか、乳児のいる子どもがいる家に遊びに行くのは嫌でした。あの甘ったるい匂いは何だったのでしょう。今はその匂い自体よりも、子どもの頃に感じた「ひとんち」に対する、何かこうシチ面倒な感覚を思い出してしまいます。
 向田邦子の『酸っぱい家族』という短編がありました。中小企業の写真係の男が、取引業者である零細の写真屋の家に頻繁に出入りする。そのうち零細写真屋の娘が、男に色目を使い始めるようになる。だけど、この写真屋は、何か酸っぱい匂いがする。そんな話でした。マドレーヌの匂いではなく、もっと直接的な匂いのこと。いや匂いこそ、直接的でなくてはいけません。
 表題作で立ち現れる夜の香りは、天麩羅。いちおう清浄で厳粛な棺桶のあるアパートの一室に満ちてくる、古い油で揚げた天麩羅の香り。いやったらしい、でも非常に具体的で逃げ道の無い、論理的には保護された匂いです。どこのアパートのどの号室に住んでいる何人家族がどのタイミングで天麩羅を揚げているのか、それは非常に明晰です。
 その明晰さ加減が嫌なのです。かかわるのは面倒なのです。本質に辿り着かない明晰さで出来ている日々のことを感じます。
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