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2006.01.22

『蕎麦屋の恋』姫野カオルコ、角川文庫

 突然、干刈あがたのことを思い出す。干刈の小説の主人公の女は、いずれも平凡である。彼女の忌日の名であるコスモスのような、地味で平凡でだけど強い人を描くことでは、彼女の右に出るものはいなかった。そこで、平凡のありようを考えてみると、平凡な結婚をして出産をして、場合によっては平凡な離婚を経験していたりする。1980年代なりの女性の平々凡々。
 2000年代の姫野も結局は、あきれるほどの平凡を抱えた女について書いているように思う。そこでは、恋愛至上主義も相対化されてしまって、ただTVを見ること、誰かとコタツに入って笑いあうことにエクスタシーを感じる30歳の女性がいる。人によっては、大変なキワモノを取り扱っているように思えるかもしれない。
 分かりやすいエキセントリックな人物を書いたほうが楽なのに、厳しいストライクゾーンのぎりぎりいっぱいを狙っているなあ。

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