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2006.02.06

『日本の呪い』小松和彦、光文社文庫

 小松和彦の作品はとにかく最後まで読み通すことで、全体の靄が晴れる。この作品は、88年にカッパ・サイエンスの一冊として上梓されたものだが、とにかくハードである。「『闇の心性』が生み出す文化とは」が副題。
 小松は現代に続く呪いの原型を、奈良時代の呪禁道(じゅごんどう)、平安時代の陰陽道(おんみょうどう)、中世で大流行した密教と修験道(しゅげんどう)にあるとして、たとえば「丑の時参り」なども、こういった流れの中で解明できるとする。
 呪いの本質は、目に見えないものに対する不安にある。それを可視化するための試みが「呪いのパフォーマンス」であり、ニューテクノロジーの流入に伴って、可視化のバリエーションができていった、という整理になる。
 これは歴史上の話に限定されない。ところどころ「誰かがあなたに密かに呪いをかけ、あなたの身に生じる災いを喜んでいるかもしれない」と、いやあな記述があるが、そういった小松のサービスの問題ではない。支配―被支配のシステムの中で、より大きな呪いの装置が働き、これが国家運営の手段として利用されてきており、現代も事情が変わらないのではないかという指摘である。これまた、いやあな話だ。
 高知県香美郡物部村の現地調査の話も興味深い。人々の民間信仰の中に「呪い」が息づいているのだ。こんなに呪いのこと考えたの、はじめてだ。
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