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2005.11.03

『「隔離」という病い』武田徹、中公文庫

0001.jpg ハンセン病の問題に限らないことだが、薬害、あるいは各種戦争問題をはじめとした人災・準人災が整理されると、どうしても悪玉の人間がクローズアップされる。フリップボードの剥離紙をめくるときの悦楽。
 ハンセン病政策の意思決定権を握っていた光田健輔の功罪(特に罪の部分)は藤野豊をはじめとする研究者が緻密な分析をしている。それに対比して、武田の著書で問題にされるのは、その光田の考えを暗黙裡に支持する世論にある。この世論のキーになる人物の探求が面白い。
 つまり、神谷美恵子という人をどう捉えたらいいのだろうか、ということ。彼女はハンセン病の療養所の現実を「踏まえた上で」そこにこそユートピア性を見出していく。厳しい状況下で、自分を掘る。
 でも、掘らなくちゃいけないのか。そうなのか。彼女に必然はある。「キリスト教の終末論的な構図に基づ」き、生きがいを考えているからだ。でも『生きがいについて』っていわれてもさあ。
 武田は、突然吉田健一の文章を引いて、神谷の考え方と別の軸を立てる。これが乱暴で気持ちいい。武田の結論。「未来に人生の意味が成就されることなど考えず、ただ刹那を充実させて生きることは可能なのではないか」。
 だから日常の暮らしが大事だ、という安易なところに落ちたくない。殺という字は、刹の代用字として用いられることもある。
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