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2006.05.05

『家庭の医学』レベッカ・ブラウン、朝日文庫

 知ったふりをして「劇的」という言葉を使うことが多い。まさかこんなことになるとは思わなかったが、仕方ないことでもある。じゃあ「劇的」って何なのさ、といわれても困る。人は生涯において一冊くらい小説になるような体験をするものであるとか何とか、そういう話は良く聞くけど、それが「劇的」なのかどうか、これは良く分からない。なんとなく、そういう「劇的」は、私は好きではない気がする。好みの問題、趣味の問題に落としてゆきたい。面倒だから。
 この本もそうだけれど、少なくとも、劇的と一般的に思われているある一点、一つのポイントじゃなくて、その周辺、それが線だったり面だったり、なんというかその状況を支える何かに、劇的の元が含まれている気がする。
 母が癌の告知を受ける。それを家族が受け入れ、母の闘病生活が開始される。さまざまな治療の甲斐もむなしくなる。骨壷を受け取る。一連の状況なんか書ききれるわけがない。一般的なキーワード──それは「貧血」「耐性」「嘔吐」というような──にひき寄せ、事態を整理し咀嚼してゆく、文字を書き連ねていく過程までもを含めた、劇的なもののありようの提示。訳者の柴田元幸はそれを逆方向から指して「『介護文学』の先駆的な一冊」と評したのだと思う。
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この記事へのコメント
同じレベッカ・ブラウンの
「体の贈り物」(当時、マガジンハウス刊)は、
フィクションよりの短篇集ですが、
やはり介護やボランティアを通じて、
生命の大切さ、人間関係の深さや切なさを、描ききっています。
僕はこの本が好きです。

「家庭の医学」も、もちろんです。

以上、ご参考までに。
それでは、失礼いたします。
Posted by 佐々木浩 at 2006.05.05 06:04 | 編集
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